Neutral football

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選手を試合に全員出さなければいけない、3つの理由

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最近、自分の身近な場所でこんなことがあった。

2日間の大会に連れて行かれ、2日間で計5試合ある中で、1試合も、1分も試合に出られなかった小4の女子選手。


そのチーム自体はブロック2位という好成績だったらしいのだけれど、その裏では、ほぼ主力選手だけで5試合を戦い、2日間、宿泊もしてずっと一緒にいながら、試合に参加すらさせてもらえなかった彼女のような選手がいたこと。しかも、出場機会がなかったのは彼女だけでなく、3人もいたとか。


なぜ自分がそこまで詳細にこのことを知ってるかというと、これはうちの選手の話だから。
うちの活動と並行して、その女子チームでも活動している彼女が実際に味わったこと。
それを聞いて自分はどうしても納得できなかったので、そのチームの監督さんにメッセージを送り、そこで、ことの経緯を詳しく聞くことができた。


ただその監督さんも2日間帯同したわけではなく他のコーチに任せていたということで全てを把握していたわけではなかったらしく、申し訳ないことをした、選手に謝罪したい、と仰っていた。


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夏休み前に行われたあるリーグ戦でも、相手チームの控え選手がやたら多いので、ハーフタイムに「相手はきっと後半はメンバーを総とっかえしてくるから。だからよく観察するんだぞ」なんて言って送り出したんだけど、結局そのチームはほとんど選手交代せず、ベンチの子は最後までベンチに座ったままで、こちら拍子抜け…ということもあった。
ちなみにそのチーム、その日はその1試合だけ。


あの日あの子達は、何をしにあの試合会場に来させられたのだろうか。


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「試合に、選手を全員出せるかどうか」


育成年代に携わる指導者の力量を示す上で、これは重要なファクターのうちの一つだと思う。
何も上記のようなことが身近で起こったから書こうと思ったわけではなくて、これは前からずっと思っていたこと。


自分が考える、選手を試合に全員出さなければいけない理由は3つ。


① 選手は試合で上手くなる。試合に出ないと経験を積めない
② 出られないと、選手同士でその試合を共有できない
③ 勝つためには全員が必要、という育成を指導者は目指すべき

 


① 選手は試合で上手くなる。試合に出ないと経験を積めない


これについては、当たり前すぎて皆さん共有している考えだと思うので(だよね?)
ここで説明するまでもないでしょう。

ただ、これが当たり前じゃない感覚の人が多くいるのが現状なのも事実。

大人の見識の問題ですね。

 


② 出られないと、選手同士でその試合を共有できない


これは、大人が考える以上に大きな比重を持つと思う。


例えばある試合があったとして、その日のうちにもう1試合あるとする。
次の試合のために終わった試合を振り返りながら選手同士で話す、あるいはコーチ主導で試合を振り返るなんてことはよくあると思うのだけれど、1分も出てない選手からしてみたら、そこに自分は「同じ試合を体験した同士」としては参加できないことになる。


今週の試合を踏まえ、次週の試合に向けて練習するとしても、他の皆は出たけれど自分は出ていない、という中では、その子にとってリアリティーのない練習になってしまう。


もちろん外から試合を観た上で話し合いに参加したり、試合に出られなかった悔しさをバネにして練習すればいいという考えもあるだろうけれど、それは大人の勝手な考えで、自分はそんな疎外感を子どもに味あわせたくないし、味あわせるべきではないと思う。

 


③ 勝つためには全員が必要、という育成を指導者は目指すべき


自分が一番重要視するのがこれ。


もちろん、その時点での実力差はあるでしょう。しかしその子のことを一番理解しているはずのコーチならば、それでも、その子の持つ良さを最大限活かしてあげられる術を考えてあげて、試合には絶対に出すべきなんです。小学生ならば「再出場OK」の試合がほとんどなはず(中学生でも)だから、なおさらそれは出来るはずだ。


それは貴重な経験を積ませることにもなるし、自分もチームの一員なんだ、と思わせてあげるためでもあるし、そしてそれ以上に「勝つために、君が必要なんだ」というメッセージを伝え「自分は信頼されているんだ」と、選手に自信を持ってもらうためでもある。


育成年代では勝つことと育てることのバランスをどうしていけばいいかジレンマがある、とかよく言われるけれども、自分は正直、どっちも目指せばいいじゃない、と思う。


勝とうと思って全力でプレーしないと上手くならないし、その上で負けたのならば仕方ない。もちろん指導者が「勝つこと」だけに目を奪われると冒頭にあげた悪しき例になってしまうのだけど、相手も真剣、うちらも真剣、その中でプレーしてこそ得られるものがある。

だからこそなおさら、大きな大会とか、勝負がかかった試合には全員出すべきなんだよね。
そこでの負けも、もちろんきちんと受け入れる。


そして
「勝つためには全員必要」「勝ちたいから、全員出す」
究極を言えば、育成年代の指導者はこれを目指すべきだと思ってる。


この大会は絶対に負けられないから、とか
関東大会だから、全日本少年サッカー大会だから、そこにつながる大事な予選だから主力選手だけを出す、というのは指導者の怠慢だし、
「僕は未熟です、余裕がありません、懐が狭いです」
「指導者として力不足です」と、自ら宣言しているようなもの。


毎年冬、全日本少年サッカー大会が行われた後に必ず問題になってるじゃないですか。
「出場機会がなかった選手、極端に短かった選手」が多数いる問題。


全国に駒を進めるほどのチームが、この「程度」で育成とか言ってるわけです。
これじゃあ、日本は指導者のレベルが低いと言われても文句は言えない。


だって、勝つために出せる選手が限られているわけでしょ?つまりはそれ以外の選手達を伸ばすことができていませんということなんだから。
まずは「誰を出しても遜色ない」ように普段のトレーニングで育成してあるのが本来のはず。それが出来ていないのならば、自身の腕がないわけで。


選手間に歴然とした差があるとしたら、それは間違いなく指導者の力不足。


そうは言っても、もちろんそれぞれに多少の実力差は残るでしょう。うちだってそう。
でも、そこをまたうまくコーディネートして試合に臨ませてあげるのも、指導者の大事な役目なんだろうと思う。


選手それぞれに良さがある。個性も特性もある。そこをうまく組み合わせて、相互作用や化学反応を起こさせて、誰を出しても「勝つために有効な事象」が起こるように仕向けてあげるのが指導者の腕でしょう。


「勝ちたいから、全員は出せない」 ではなく


「勝ちたいから、全員を出す」
「全員を出したからこそ、勝てた」


これを目指せば、指導者も鍛えられる。選手も指導者も、両者がHappy-Happyじゃないですか。


理想論と言われるかもしれないけれど、この理想を、自分は実際にやっている。
小学生も中学生も、公式戦でもどんなに大きな大会でも、うちは全員「戦力として」出している。


その時点でどんなに技術が劣る子でも、その子の持つ良さを目の前の試合にどうアジャストさせればいいか、どの味方とどう組み合わせてあげればいいか、この試合状況で、その子に「これをまずはやってくれ」という「君にしかできないこと」を伝えて、必ず試合に送り出してる。
もちろんそれでうまくいくこともあればエラーもたくさんあるけれど、育成って、本来そういうことなんじゃないでしょうか。


本当なら全国に出てそのレベルでそれを実際にやって見せて、こうして意見を言ってこそ説得力もあるのだろうけど、まあそこは許して下さい(汗)


手前ミソな例で申し訳ないのだけれど、今年の3月、あるビッグなU-11リーグ戦への「参入戦」という試合があった。
その日は1Dayのトーナメントで、優勝したチームだけが新シーズンから上位のカテゴリーで参入できるというもので、負けたら即おしまいというレギュレーション。


その初戦、まずスタメンを選手達が決めた。それは自分の想定したものとは違うものだったけれど、選手達が相談して決めたものだから、そこは尊重して試合に送り出す。
押し込まれながらもそのメンバーで前半を0-0で終え、ハーフタイムで、前半出場していない選手達を、1名を除きあとは全員出場させた。もちろんそれでもゲームは崩れないという確信はあったし、むしろそれぞれの良さが噛み合って結構うまくいくんじゃないか、という思いもあった。


しかし後半もまだスコアを動かせない。そこで、真ん中の位置でプレッシャーに苦労していたドリブラーの子を左サイドに出して、右サイドの子を真ん中に移動させ、空いた右サイドに、唯一まだ出場させていなかった子を入れる。


真ん中に移動した子が相手からボールを奪い左サイドへ展開、例のドリブラーが左サイドを崩してエグってシュート気味のクロス、こぼれたところに、一番最後にピッチに出たあの子が押し込んでゴール。


結局その1点が決勝点となり、クラブの歴史上それまで一度も勝ったことがなかった横浜の強豪クラブに勝つことができた。


このように「勝負がかかった試合でこそ、勝つために全員出す」ことを指導者がいつも目指せば、選手はそれこそ「真剣勝負の中で、練習ができる」のではないか。


ただこの交代劇にも、実は自分の失敗が含まれている。後半冒頭から左サイドで出した子を後半途中で下げたことによって、例のポジション移動を起こしたこと。つまりその子はこの試合で唯一、途中から出て、途中で下げた子、になってしまったわけで。


あとで後悔し反省し、その子には謝った。あの時、あの子を交代させないままで試合を動かす方法はなかったか。それは今でも考えたりすることがある。


もちろん他の学年の他の試合でも、あの子の出場時間が今日は短くなっちゃったな、ということもしょっちゅうある。もちろん、それでも「出さない」ってことはないけどね。


だから自分だって何も偉そうなことは言えないし、決して有能なわけでもなんでもない。
まだまだ力不足だからこそ、選手達の力を信じ、力を借りて、一緒に上手くなっていこうよ、一緒に時間を共有していこうよ、という想いだけは、なくしちゃいけないものなんだとも思ってる。


「あいつは出さない、出せない」なんて、上から目線もいいとこ。指導者はそんなに偉くないし、絶対的な存在になってはいけない。


だからこそ自分はボトムアップを大事にしていきたいし、でも子ども達に全任せではなく、一緒に考えて一緒にやる、その時間や場所を一緒に共有する、そこを大切にしていきたいと思っている。


多くの人も、そうなれば自然に
「勝ちたい!だから全員出てもらおう」って、きっとなると思うんだけどな。


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今回書いたのは、あくまでも「ひと学年10名ずつくらい」という、街クラブとしては平均的か少し小さいか…という、うちのクラブの例。


ひと学年に何十名もいてA〜Cチームまであるような街クラブもあるけれど、そういうところは、その時点でそれぞれのレベルに合った試合を機会の遜色なく組んであげて、その中で「全員出場」させればいいわけです。
何も「その学年の在籍選手を全部その試合に呼んで全員を出せ!」って言ってるわけじゃぁございません。


その日、そこに呼んだ選手は、必ず全員を出そうよということ。
しかも日常から「勝つために、全員を出す」というスタンスになれば、指導者も鍛えられますよね、というお話でした。


もちろん
「週末の試合に勝つこと」も大事だけれど、でもそれ以上に
「その選手の数年先の姿」のイメージを常に持ち、決して
「週末の試合に勝つ」ことだけを優先させることのないようにしながら育成していくのが、指導者の最大かつ最優先の使命だということは、最後に書き加えておきます。

 

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