Neutral football

現実の殻を破る。フットボールと社会をつなぐ

「拘りと貫き」がもたらしたもの

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(画像は NHK  NEWS  WEB から)

 

1月11日の夜に行われた、うちのクラブのU-13リーグ。

こちらの想定以上に選手たちの試合の入りが素晴らしく、マインドやテクニックの使い方も素晴らしいもので、技巧派の相手に対し真っ向から対峙して勝ち切ったゲームだった。

adlibler.hatenadiary.jp


ブログにも書いた通り、こちらから何かハッパをかけたり檄を飛ばしたりしたわけではないのだけれど

少しだけ

実はこの試合前に、車の中で彼らと一緒に観てた高校サッカー準決勝、静学について話をした。

 

ペナ幅に11人全部が入るほどに真ん中をガッチリ固めた矢板中央の守備(これはこれで美しかった)をなかなか崩せず、後半終了間際まで0-0。

でも静学は急いでロングボールやクロスを上げることもなく、ひたすらドリブルと局面の崩しに拘って、パスコースがないならば「ヒョいっと」浮かして狭い相手の間の空中を通そうとしてまでも「崩す」ことを貫き通した。

 

その拘りを捨てなかったことが、アディショナルタイムでのPK獲得に繋がった。

 


静岡学園vs矢板中央

 

全国高校サッカー準決勝のアディショナルタイム。全国放送もされていて、大観衆の中。このプレーが終われば試合終了でPK戦になる。

あの状況で、レフェリーもなかなかPKの笛を吹けないですよ。

でも、あの松村君がみせた渾身のドリブル。矢板中央の選手も足を出すしかなかった。そこに引っかかっての転倒。そのまま流してもきっと誰も文句は言わなかったと思うけれど、レフェリーは笛を吹いた。

 

勝手な想像だけど、きっと「吹かずにはいられなかった」んじゃないかって思うんです。

 

愚直でひたむきなプレーやマインド、ハート、人を魅了するテクニック、その拘り。

それはきっと人の心を動かす。あの時あの瞬間、あのドリブルと、そしてそれまでに静学がずっと繰り返し貫き通した姿も重なって、あのレフェリーの心を動かした。

僕は、そう思います。もちろんあのレフェリーの方は「ルールに基づいて吹いただけです」と言われるのかもしれないけれど、少なくとも僕はそう感じて、試合前のうちの選手たちにも、そんな話をした。

 

貫くことが、人の心を動かすんだと。

 

2日後の決勝戦、同時刻にまたリーグ戦だったからリアルタイムでは観れなかったけれど、王者・青森山田に対して0-2からの大逆転優勝。この決勝戦も、あの「貫く拘り」が青森山田の選手たちの屈強な盾を、揺り動かし最終的に破壊させたのだと思う。

そしてこれは言うまでもないのだが、静学はその拘りを最大限活かすために、守備への切り替えやフィジカル面でもハイレベルな準備をしていたこその、優勝だった。

 


青森山田vs静岡学園


自分で言うのも何だけど、指導者としての「拘り」を、ずっと持ちながら選手たちと接してきた。

 

・・・

つもりだった。

 

でもここ数年、思うところあって自分は「拘り」という言葉を使うのを少し敬遠するようになっていた。

「拘り」って聞こえはいいけど、それ、一歩間違えれば指導者の好みの押しつけだし、実際そんな中途半端な人が周りにもたくさんいるじゃんかと。そんな人たちと一緒にされたくないよ、って。

今思えば、かなりカッコ悪い。

 

指導者の好みはひとまず心にしまって、育成年代の選手にはあらゆることをアベレージ高く教えなきゃ無責任じゃないか、とも思ってた。

もちろんそれはその通りなんだけど

でも

ここ1〜2年、特にこの1年の間、自分の考えがグルっと一周して、拘ることの大事さ、そしてそれを公言することの大事さを、強烈に痛感している自分がいるんです。

 

もちろん、サッカーに必要なことを教えることは絶対に大事。でも、それと並行して何か一つ「他とは違う強烈なスペシャル」に対し拘りを持ち、そのスペシャルを選手たちが誇りに思い、自信を持って「勝つための方法」として表現していくこと。

それを美しいと思う感性が、僕はやっぱり捨てられなかった。

 

好みなんて生半可なものじゃない、強烈な拘りを持ち、それを選手たちに「自分らの誇り」として伝えられる指導者が、名指導者なのだと思う。

あの方も、あの方もそうだ。

 

こういうこと言うと最近は『ロマン派』などと嘲笑されたりもするのだけれど、人間、ロマンと理想を捨てたらおしまいじゃないか。

 

そしてそれは、決してサッカーに限ったことじゃない。

そんなことも、選手たちにはテクニックや戦術と並行しながら毎日伝えていきたいし、口だけでなく、身をもって伝えられる人になりたいと思ってる。

 

「じゃぁ、お前が拘ってることって何やねん」

と言われると思うので、次回、自分の拘りについて書こうと思います。