Neutral football

現実の殻を破る。フットボールと社会をつなぐ

戦術を語る前に

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この夏、ある試合会場で対戦したチームに「スペイン帰り」という肩書きを持つ指導者の人がいた。その方はツイッター上では知っていたのだけれど、面識はなく。
その方のツイッターを覗くと、その多くの投稿で「スペインでは」という枕詞がついて、つまりスペインの良さを強調すると同時に、日本の育成事情へのダメ出しがニュアンスとして含まれている投稿が多かった。その多くは、戦術について。


この方に限らず、最近はWeb上やSNSなどで戦術に言及する、いわゆる《戦術クラスタ》の方々がとても増えてきている印象がある。


もちろんそれ自体はいいことだと思うし、日本サッカー、特に育成年代での戦術指導、戦略の共有、そこから逆算した技術指導やコーチングなど日本は明らかに遅れているから、その意味で、戦術クラスタの方々が多く現れてきているのは別に悪いことじゃない。
むしろいい傾向だと思います。サッカーを知らない、サッカーを自分の言葉で語れない指導者が、日本にはまだまだ多いし。


ただ、それを自分の趣味だけで楽しむ戦術マニアの人ならばいいけれど、指導者となると話は変わってくる。それを現場の選手達に自分の言葉で伝えられないのならば、それこそ、それは単なる《戦術マニア、戦術オタク》の人、で終わってしまうわけです。


サッカーは机上でやるわけじゃない。戦術だけでも語れない。
机上の論理では片付けられないファジーで抽象的な事象がたくさん出てくるし、いくら戦術を落とし込もうとしても、それを表現するのは生身の人間。育成年代ならば、子ども達。
ましてやJ下部に入るようなエリートの子どもはごくごく一部だけなのであって、それ以外の「その辺の子ども達」と、僕らは付き合うわけです。


選手は一人一人違う。体格も性格も成長スピードも、家庭環境も生い立ちも、その日学校でどう過ごしてどんな悩みを持っているかも、全て違う。当たり前だけど。


目の前にいるのは、作戦ボード上に張り付くマグネットじゃない。
感情を持った、日ごとに心が揺れ動く生身の人間を相手にしているという認識がない人が結構多くなってきてる。そんな肌感覚がある。錯覚ならばいいけれど。


冒頭に挙げたスペイン帰りの方が、まさにそういう感じだった。


その日の試合は8人制。次の試合で対戦する相手の試合を観たその方が、嬉しそうに自チームの選手達を集め、作戦ボードを持って戦術ミーティングを始めた。
興味があったので僕もさりげなくその光景を見ていたのだが


ここでお前①がこう動いて、そしたらお前②はここに下がる、それでお前③がこう動けば相手はこう付いてくるからここにスペースが出来て、そこにお前④が入り込んできたところにボールをつけて、その間にお前⑤が、、


と、一人でずっと、マグネットを動かしながら嬉しそうに喋り続けている。
子ども達は体育座り、そしてただただ


「ぽかーん」


そんな光景だった。


そりゃそうなる。話す内容は多くて言葉も多いけれど、正直、何一つ伝わってない。
目の前にいるのはスペイン人でもなく、プロ選手でも高校生でもなく、J下部のエリート達でもなく、街クラブの小学生。マグネットでもない。


いや、そんなの無理やん
て、大人の僕でも思った。あんないっぺんに言われても、1ミリも理解できないっす、と。


その後、そのチームの試合を観たらやっぱり「戦術」どころではない。そんなゲーム。
もちろん、子ども達は必死にやっていたけれど。


繰り返しになるかもしれないが、サッカーは戦術だけでは語れない。
もちろん技術だけでも語れない。ポジショニングだけでも、フィジカルだけでも、気持ちだけでも。
その全てが合わさって、チームメート同士でうまく落とし所をつけて、合わせて、でもみな同じには表現できなくて、時には気持ちだけで数分持たせたり…だって、ある。


以前、スペイン人の指導者にこう言われたことがある。
「気持ちが原因で勝つ試合なんて無いし、気持ちが原因で負ける試合なんていっぺんたりとも無い」と。


もちろん、それも一理あるでしょう。気持ちが第一!精神論万歳!なんて自分も言いたくないし、間違ってると思うし。


でも、時には気持ちが体を動かす。気持ちがボールを呼ぶ。気持ちがサイクルとなって、最初と最後の一歩が出ることもあるし、届かないと思っていたボールに届く。
そんなことが、サッカーにはたくさんあるじゃないですか。


これは僕の妄想でしかないのですが
ロシアW杯初戦のコロンビア戦、その直前に日本では大阪で大地震があり、悲しいことに死者も出てしまった。そのニュースは、きっとロシアの日本選手達にも届いていたはず。


東日本大地震のこともあり、日本人はどうしても、地震にはセンシティブで特別な感情を持ってしまう。あの大阪での大地震の直後に大一番を迎えた日本代表の選手達にとって、その心と体をもう一歩先へと動かす理由の一端にはなったんじゃないか。
今日だけは負けられない。日本国民に勇気を与えるニュースを届けようじゃないか、って。


あのコロンビア戦、キックオフを迎える日本選手達の表情は今までに見たことのないくらいの高揚感と覚悟が溢れていて、実際、試合の入りは尋常じゃないくらいに最高のものだった。
そして開始早々、あの大迫の抜け出しと香川のロングシュートが生まれ、コロンビアの選手を退場に追いやるという漫画のような展開に繋がった。

もちろん、ハリルホジッチ監督が解任された騒動もあったことから、下手な試合はできない、という責任感と悲壮感も、間違いなくあっただろう。

 

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あの日の日本選手達の心理状態は、コロンビアの分析班にはまるで想定外だったはずだ。

あくまでも、妄想だけど。


サッカーは生身の人間がやるもの。そのことを頭と心でわかっている人が戦術を多く語り、選手達に「戦術、超大事。でも、それと同じくらいに大事なものがある」と伝えられる人じゃないと、戦術指導はしちゃダメなんじゃないかな。


そしてもちろん、目の前にいる選手達の「ニーズ」に合わせてそれをうまく伝えられる人じゃないと、本末転倒だろう。


戦術クラスタを名乗る指導者の皆さん、作戦ボードを持ちマグネットを動かす前に、まずは子ども達の心の中を覗くことから始めませんか。

 

(文中の画像は、全て 文春オンライン から)

 

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