Neutral football

現実の殻を破る。フットボールと社会をつなぐ

大道芸を練習していた人のこと

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世田谷区と杉並区の境目あたり、住宅街の中に突如現れる広大なグランド。
ここは予約も要らず利用料金も要らず、制限もなく、そのかわり利用者同士お互いに譲り合いながら使ってくださいね、という場所。

だからうちらみたいにサッカーしてる団体もいれば、一人でボール蹴ってる大人、フットゴルフの練習に使う人、野球、バドミントン、その他の種目…
はたまた
幼稚園に子供を迎えに行った帰り、お母さん同士がシート敷いて喋ってたり、おじいちゃんが散歩してたり、カップルがイチャイチャしてたり…という、
なかなかにポジティブカオスな空間なわけです。

で、この日は
うちらがサッカーしてる向こう側に、大道芸でよく見るやつ「中国ゴマ」?のような芸を練習してる人がいた。

調べたら、正式名称「ディアボロ」っていうらしい。
これを、子ども達がキャッキャとサッカーしてるそばで、あの人が黙々と、一心不乱にずっと練習してたわけです。

リフティングだったりドリブルだったり、個人技を多発する選手のことを「あんなのサッカーじゃない、サーカスだ」とか
「大道芸だ」と、斜め上から嘲笑するようにバカにする大人が、サッカー界には多数いる。特に指導者界隈。

そういう、何かを(誰かを)ネガティヴな例に出して何かを(誰かを)バカにしたり「そんなの意味ないよ」などと一刀両断してしまう大人など、指導者の資格がないと僕は思っている。それは別の機会に書くけれど

「あんなのサーカスだ」っていう言い方はサーカスのことを舐めてるよね。あれ、命がけじゃないですか。失敗したら死の危険と隣り合わせ。
ピエロの人だって涙ぐましいトレーニングをしてピエロを演じてるし、動物だって命がけ。それを訓練している人達だって、命と向き合いながらやっている。

でもサッカーは、命がけじゃなくてもできます。普通にできます。苦労なくできます。
死の恐怖と隣り合わせなんてことは、ほぼない。

大道芸の人は、街に出て、そこにいる人達に目を止めてもらってなおかつ芸を評価されないと、一銭もお金をもらえない。
普段、見えないところで必死にトレーニングを積んで、街に出てくる。この日ディアボロを練習してたあの人だって、きっとそうでしょう。

そんなことを、少しゲームの内容が緩くなってきた子ども達を集めて話しました。

どんなプレーが好きでも、どんなことをやりたくても、それは別にいい。でもそれが好きなら、それをやりたいのなら、君達にとっては今この時間がそれを必死に練習する時間なわけで
時間が限られてるし、無駄に過ごすのはもったいない。あの人を見れば分かるだろう?と。

言わずもがな、その後のゲームはガラリと変わり、最高の雰囲気になった。
ディアボロなあの方に感謝しないといけないな。