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Neutral football

Footballと社会をつなぐ。Footballを語りたいなら、Footballだけでは語れない

居場所の物語 〜 この世界の片隅に・最後の考察

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このコラムだけでなくいろんな媒体で何回も書いているけれど、11月から、映画「この世界の片隅に」に完全にハマってます。

 

 

実はこれまで、すでに8回も観に行ってしまった。自身の人生で、同じ映画をこんなに何回も観に行くなんてもちろん初めて。

12月には、とうとう舞台である広島にも行って来た。物語に出てくる江波や呉を歩き倒し、実際にまだ残っているロケ地を巡って歩いた。

 

このコラムでも2回「この世界の片隅に」を自分なりに考察したけれど、今回は新たに感じた部分を加えました。ネタバレもありありですので、あくまでも自己責任でご覧下さいませ。

すでに映画を観た人ならば「あぁ…っ!」てなってくれるとこ、多いと思うけど…


はてさて、どうじゃろか。

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すずさんは背中で語る。
・子供の頃、中島本町をワクワクしながら歩く背中
・江波山で、水原を見つめる背中
・広島が恋しくなり、段々畑で小さく座る背中
・会いに来てくれた水原を、もう会えないかもと思いながら見送る背中
・周作に助けられ、側溝の中で感情を閉ざし、へたり込む背中

小さく丸まったすずさんの背中を思い出すだけで、もう泣けてしまう。。

 

16歳の時、広島の街でアサリを売りながら、すごく短くなっている青い鉛筆で絵を描いている。あの時、江波山で水原からもらった青い鉛筆。きっと、ずっと大切に使っていたのだろう。

 

「うちは、よう ぼーっとした子じゃぁ言われとって」
子どもの頃、あんなにほんわか、のほほんとしていたすずさんは、周りに流されるまま嫁に行かされ、まだ子どものままでいたいのに、いつの間にか大人にされ、時代の波に揺られ続ける。それでもすずさんは、明るく日常を紡いでいく。

 

「姿が見えなくなれば、言葉は届かん」(すずさん)きっと、水原に自分の想いを言えなかった後悔もあったのだろう。
電車の中で周作に怒るすずさん。頭巾を外してる。これから本音を話すという表れ。
対する周作は、旗色が悪く言い訳もするので、ヘルメットを深くかぶる。

 

戦争によって大切な人やものを失い続けながらも、明るく生きていくすずさん。

しかし自身の「ある部分」を失ってからその感情に変化が表れ、自身のこれまでと、今と…の間で葛藤し、だんだんと心を歪めていく。
家の中に落ちて燃えている焼夷弾を睨んで涙を流し、感情のまま炎に飛びつく。自らの歪んだ心を必死に消そうとしているようで、このシーンを観るのは本当につらい。

 

空襲に遭った時、海から逃げてきたサギを見つけ「ここに来ちゃいかん、あっちへ逃げ!あの山を越えたら広島じゃ!」とサギを追いかける。
サギは水原との思い出の象徴。江波、羽根ペン…
この空襲があった日、軍艦・青葉は米軍の攻撃で海に沈んでいる(これは史実に基づいている)つまりこの日、水原は…

 

子どもの頃、船に揺られてあんなに嬉しそうにふわふわと川に浮かんでいたすずさんが、
大人になり大事なものを失い、この空襲に撃たれる寸前で周作に助けられ、側溝の中に落ち、水の上にへたり込みながら、とうとう心を壊して周作に対しても感情を閉ざす。

同じ水の上。この残酷なコントラスト。この時のすずさんの小さな背中を見て、僕はいつも号泣してしまう。

 

あのサギは、水原が最後にもう一度、すずさんを迎えに来たということだったのでは。それをすずさんも感じとって、引き止める周作に対して強情に「広島に帰る!」と言い張ったのだろうか。

 

径子さんの言葉と、周りの優しさ。自身の中でようやく居場所を取り戻し、北条家に留まる決心をしたすずさん。しかし終戦の日、その感情を爆発させる。
この国は正義だと思っていたのに。そんなものなのだと思っていたことが、だから我慢していたことが…全て飛び去っていく虚しさ。


自分達は暴力に屈していたことを知り、そしてそれは知らないうちに自分もその暴力に加担していたのと同じことなのだと悟り、今度もまた、他国の暴力に屈するのかと。

「何も考えんと、ぼーっとしたままのうちで死にたかったなぁ…」と、号泣するすずさん。

 

終戦の夜、とっておいた白米を炊いてみんなで食べる時、径子さんだけは食べようとしない。晴美ちゃんのことを思ってたんだろう。

 

原爆の後、お母ちゃんを探しに行った妹すみちゃんとお父ちゃん。そこでいわゆる「入市被曝」をしてしまい、お父ちゃんは死に、妹のすみちゃんは病に伏してしまう。
すみちゃんを見舞いに行った時、一緒に寝転びながら天井を眺め、子供の頃を思い出し、お兄ちゃんの南洋冒険記を楽しそうに想像して話す。この時のすずさんは、子供の頃の話し方に戻ってる。
きっとすみちゃんと一緒にいる時は、子供の頃に戻れる時間だったんだろう。

この2人のシーンは劇中に何度か登場するけれど、どこもすごく好き。すみちゃんが病気から回復して、その後すずさんと一緒に幸せな人生を歩んでいてほしい、と心から願わずにはいられないのだ。

 

原爆で母を失い、5ヶ月もたった一人で街を放浪していた孤児・ヨーコ(映画では名前は出ないが、ノベライズ本ではヨーコと記されてる)
ヨーコのお母さんは、原爆でガラスの破片がたくさん刺さり右手を失っていた。

広島駅でたまたま周作とすずさんに出くわし、すずさんが落とした海苔巻き(江波巻き)を拾う。お腹が空いて食べたくて仕方ないはずなのに、すずさんに自身の母を投影して、その海苔巻きを返そうとするヨーコ。このシーンで泣かない人はいないだろう。
「えぇよ、食べんさい」と優しく言うすずさんの声、この時のすずさんの話し方は、すっかりお母さんのようになってる。

 

周作におぶられながら、ずっとすずさんの右腕を離さないヨーコ。

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これは「居場所」の物語

・嫁入りの日「よろしくね、すずさん」とお母さんに優しく言われた時の、嬉しそうな顔。
・風呂に入ってる時の、すずさんの幸せそうな顔。それで僕らはホッとする。
・おつかい(街に行くこと)が好きだったすずさん。これも居場所。
・径子さんが料理を全てやってしまって居場所を見出せず、塞ぎ込んでいるすずさん。
・自分が料理をやれる時の、張り切るすずさん。
・「わしは必ず帰って来るけぇの、すずさんのとこへ」と周作さんに言われた時の、嬉しそうなすずさんの顔。周作さんの居場所になれた、と思えたんじゃないだろうか。

・死んでいった人達の居場所に自分がなる、と決めたすずさん。
「うちはずっと、笑顔の入れ物なんです」
・孤児を見つけてあげて、その子の居場所をつくってあげたすずさん

 

幸せとは…この世界の片隅にでも、ほんの少しでも居場所があることなんだ。

居場所がないから人は悲しみ
居場所がないのだと絶望して人は死ぬ。
居場所を見つけて喜び、居場所があるから安堵し、居場所があるから希望を持つ。

 

人の居場所を作ってあげる人になる。自らが、人の居場所になってあげられる人になりたい。この作品を観て、心からそう思えるようになった。

 

居場所って人間の本質。幸せそのものなんだろう。だからこそこの映画は何とも説明しがたい感動を得られ、万感の想いを抱かせてくれるのではないか。

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この映画は、リピーターがとても多いという。僕もすでに8回観に行た。たぶんこれからも行く。
きっとすずさんの気持ちを理解してあげたくて、何回も観に行ってしまうのだろう。

 

すずさん、あなたの人生は幸せなんだよって言ってあげたくて、僕らが理解者になってあげたい、そんな衝動に駆られて、何回もすずさんに会いに行ってしまう。

そう、これは観に行くのではなく、会いに行く作品なんだ。

 

まだ観ていない方。いや、まだすずさんに会いに行ってない方は、ぜひ、本当にぜひ。
一度、すずさん会いに行ってみて下さい。

 

この世界の片隅に聖地巡礼編 へ続く。