Daisuke Kubota 〜 Neutral football

Footballで社会をつなぐ。現実の殻を破る。日常を笑い飛ばそう

鎧をまとった時に

ゆとりがなく、せかせかしすぎな日本。鎧や武器を手に入れたらそれを振りかざすのではなく、むしろ、さらに優しくなろうぜよ。剣の達人でありながら、剣を抜かなかった坂本龍馬のように。

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日本の道は信号が多すぎる。多いところでは数十メートル間隔で信号がある。

これは僕の持論だけど、信号を大幅に減らせるようになったら、日本は今よりだいぶ良い国になるんじゃないか。うーん、順序が逆かな。日本が良い国になれば、信号を減らせる。

以前「自分が総理大臣になったらまず信号を減らしたい」みたいなことをツイートしたら、全く知らない人から「老人には死ねということですね」みたいなリプライが来たことがあった。あー、全く行間読めない人だわこれ、ってガッカリした思い出がある。

なくすのは無理だとしても、減らすことはできるはず。信号が減れば、横断歩道を今よりもたくさん作らなくちゃいけない。そして横断歩道を渡りたい人がいる時は、車は必ず停まってあげる。その余裕を持つこと。たったこれだけでOK。

でも今の日本人なら、多くのドライバーは横断歩道を渡ろうとしてる人がいても停まらない。車同士で見つめあっても、なかなか譲ろうとしない。停まる人、譲る人もいるけど、少ない。余裕がない人ばかりだ。

車は鎧(よろい)。そんな、車という強靭な鎧を身にまとった途端に急に人格が変わる人、多いですよね。急にオラオラ系になっちゃう人、高級車になるとそれだけで余計に強気、オラオラにも磨きがかかってバカみたいにスピード出したり煽ったり、ウィンカーなしで車線変更したり。

強靭で頑丈な「鎧」をまとった時。
急に強気になって攻撃的になるのか、それとも鎧をまとった時にこそ、優しくなれるのか。「鎧をまとった時」にこそ、その人の本性が如実に表れる。いや、現われるというべきか。隠れていた本性が、姿を出す。

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せっかく日本に生まれてきたのなら、僕は日本を良い国にしたい。

では良い国って何?って言われれば、僕が思うのは、ゆとりがあるってこと。
せかせかせず、急がず、ギスギスせず、どこかみんなゆっくりと、ゆったりと、常に余裕を持って「なんとかなるさ」って笑っていられるような人が多数を占める国。そして他者、特に弱者への思いやりを持てる人が多く、そんな制度や仕組みが当たり前のように整備されている国。

電車で人身事故があると「死ぬのは勝手だけど別のとこで死ね」みたいなツイートをよく見かける。どんな事情であれ、人の人生がそこで終わってるのに。その人はどんな思いで駅のホームから一歩目の足を踏み出してしまったのかということを想像すらしない人達。

生活保護を打ち切られて「おにぎりが食べたい」という遺書を残して餓死する人がいる国。10代〜30代の死因第1位が「自殺」の国。人身事故が起これば、電車の中でスマホ片手に舌打ちをする人が多い国。
あんなに重大な原発事故が起こったのに、後始末も「アンダーコントロール」(現・首相談)も何も出来ていないのに、せっせせっせと再稼働を急ぐ国。カネか?利権か?メンツか?アメリカのためか?虚栄心や自尊心か?答えはおそらく全部。

これが良い国ですかね。美しい国でしょうか。全然良くない。美しくもない。僕はそう思う。

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鎧の話に戻ります。鎧になるものって、なにも車だけじゃない。
先生、社長、指導者、コーチ、etc… そんな「肩書」だって立派な鎧になるし、首相、大臣、政治家…といった「権力」だって、すごく強大で頑丈な鎧になる。

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政治家になり先生と呼ばれて勘違いをし、弱者へ寄り添うことを忘れてしまう人達。
大学を卒業しいきなり教員になって、先生と呼ばれて勘違いをし、生徒達を管理・操作しようとしてしまう人達。

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また総理大臣になれた!わーい!今度こそ憲法改正して戦争のできる国にしよう!じっちゃんの名誉を晴らそう!となるのか
総理大臣になれたなら、まずは福祉大国を目指そう、弱者に優しい国にしよう、となるのか。

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「権力側にいたい人」「強い側にいたい人」もそう。自身の虚栄心を、国や権力という鎧に隠れてなんとか保って強さを装う人。寄らば大樹の陰、虎の威を借る狐。
自分では守れず外にも誇れない脆弱な自尊心を、国や権力に置き換えて虚勢を張り、弱い立場の人を攻撃して強さを装う。そして他国を差別する。これも、鎧をまとってるのと一緒。自分の努力で得た鎧じゃない分、もっとタチが悪い。こういう人達を、僕は心の底から軽蔑する。

一人だと何も出来ない、何も言えないのに「仲間に紛れるという鎧」を手に入れた途端、急に強気になって人格が変わる。大勢で一人を攻撃する。一人だと不安で仕方ないくせに。

TwitterFacebook、BlogなどのSNSだって、強靭な鎧の一つ。面と向かってだと何も言えないのに、SNSという鎧に守られた瞬間に人格が変わり、人を攻撃し出す。

そういう僕だって自分のコラムを持ってるしTwitterFacebookもやってるし、そのメディアを使ってこうして言いたいこと言ってるんだからお前もそうだろうと言われればそうかもしれない。でも僕は、実名で自分を全て公開し曝け出して、言いたいことを言っている。その前に、思ったことはまず面と向かって言ってる。

鎧は自分を守るためだけではなく、人を傷つける武器にもなる。それを自覚しているのかどうか。

信号や車の話から話が大きく発展してしまったけれど、とにかく僕が言いたいのは
「人は鎧をまとった時、余計に優しくならないといけない」ということだ。

 

坂本龍馬は剣の達人だった。しかし争いごとを嫌い、剣をほとんど抜かなかった。人と人は争わなくても必ず分かり合えると信じ、人と人の間に立って奔走し、薩長同盟まで実現させた。

 

鎧をまとった時にこそ、優しくなれる人。そんな人が増えてけば信号減らせるし、住みやすい国になるし、自殺も減るし、いじめも減るし、他国とも日本人同士ももっと仲良くなれるし、良い国になれるじゃん!って思っただけ。あと絶対に、今の100倍サッカー強くなるよ(ここ大事)

そしてそんな人になってほしい、いや絶対にならなくてはいけないということを、僕は子ども達にサッカーを通して伝えてゆくのだ。

 

以上です。
最近いろいろあったし長文書いて疲れたから、車でオラオラぶっ飛ばしたいぜー

 

(この記事は、筆者が持つBlog『We can be adlibler 』にて2016年4月1日に掲載した内容に加筆、再編集したものです)