Neutral football

現実の殻を破る。フットボールと社会をつなぐ

僕もアナタもみんな豚

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肉屋

 

肉屋を支持する豚、という言葉がある。

↓↓
昨年6月、日本のアニメの優秀さを紹介するアメリカの新聞記事で
民族主義に走る日本の一部のアニメクリエイターやオタク消費者たち」という取材コラムがあった。


記事では、自民党がメディア規制や表現規制に熱心で最終的には言論規制にまでつながりかねないことを紹介した上で、そんな自民党民族主義で支持するアキバ系たちを、こう呼んでいた。


「 肉    屋 を 熱 烈 に 支 持 す る ブ タ た ち 」


このように「アニメやマンガ規制を推進する政党にもかかわらず自民党を支持するオタクは、豚自らが命の墓場である肉屋を支持しているようなものだ」という揶揄。


また「金持ちでないのに新自由主義を支持するワーキングプア層」に対して使われることもある(新自由主義は福祉や所得再分配を抑制する傾向があるため)
↑↑
以上、ニコニコ大百科より引用


上記の例えは、オタク系やワーキングプア層の中にいる、民族主義で「ネトウヨ」な皆さんのことを揶揄したものだけれど、それらの層に限らず、今、安倍晋三率いる第二次安倍政権と自民党を短絡的に支持する人達のほとんどは、この「肉屋を支持する豚」といっていい。


僕はそう思ってます。思っているどころか、確信してる。


そしてもちろん、彼らが支持する「肉屋」つまり安倍晋三とその取り巻き連中、そして肉屋を支持する豚を含めたネトウヨども全体、そして差別主義者も(なぜかこれらの親和性は高い)を含め、僕は心から軽蔑してます。


でも実は、肉屋を支持して自分が豚だと思っていないやつらよりも、
「支持はしないけど、まぁ、別にいいんじゃない?仕方ないんじゃない?」と無関心を装って「肉屋を通り過ぎていく」人達や「政治や社会について問題意識を持つなんてダサいよ」
とばかりに冷笑している人達の方が、おそらく日本は圧倒的に多い。

こっちの人達の方が、よっぽど根は深い。ホントに気が遠くなる。


でも、諦めない。僕は、肉屋に負けない豚になる。

イニエスタを平塚に観に行って、思ったこと

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いまだに、あのイニエスタが日本でプレーしてるというのが実感できない。
しかしここ2戦で連続ゴール、しかもその2ゴールはいきなりJリーグの歴史に残るようなスーパーゴール…と、予想以上にいきなりのインパクトを魅せてくれているイニエスタ

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もちろんイニエスタが今まで戦ってきたリーガエスパニョーラのレベルに比べれば、このJリーグはまだまだ質的に数段劣る。だから僕らだけがイニエスタのクォリティに驚いているだけで、当の本人にしてみたらごくごく当たり前のプレーをし続けているだけなんだろう。


8月19日(日)

とにもかくにも、せっかく超人イニエスタが生で観られるのならば見逃す手はない。数年前のクラブW杯、日産スタジアムで観て以来のイニエスタ(と、ポドルスキ)をお目当てに、平塚競技場へ行ってきました。プラチナチケットを手に入れてくれた大木さん、ありがとう。


この平塚競技場Jリーグを観るのは初めて。駅から直行バスは出てるし駐車場は無料だし(今後有料にするらしいけど)老若男女、ベルマーレカラーのユニを着た人達が試合開始前にスタジアム周辺でワイワイしてるあの感じを見て、あぁ、ベルマーレは地域に根付き出してるのねいう率直な印象を受けた。

しかしそれは別として、ベルマーレ、本気で湘南地域にしっかりと根付いていきJ1に定着し続けるつもりならば、いい加減に新スタジアム建設を本気で考えないといけないんじゃないか。僕はベルマーレサポでもないし湘南在住でもないので、余計なお世話かもしれないけれど。

さすがに建設は無理な話ならば、せめてスタンドの環境改善と修築くらいはしたほうがいいと思うな。


メインスタンドに自由席が設定されているけれど(僕らのチケットも「メイン自由席」だった)早く来た人が、座る人いないのにみんな荷物を横に置いてしまって、席がなかなか空いていない。だから空席を探すのにめっちゃ苦労した。常に満員を目指すのならば、それを想定して全席指定にすべきだろう。
そうすれば観客は席取りのために早くから来る必要もないし、並ぶ必要もない。
スタジアムに入る前、公園内でのスタグル(スタジアムグルメ)はとっても充実しているのだから、自由席の観客にもそのスタグルをゆっくり味あわせてくれないかと、切に思った。


一旦スタジアムに入ってしまえば、トイレも多くないし、売店のドリンクもフードも全然数が追いついていなくて、ハーフタイムには、メイン側の売店ではもう何もフードが売られていなかった。お腹すいた。。
そして、スタンドにビールを売りに来てもくれない。さすがにあれは困ったぜ…来てくれたら買う人いっぱいいるだろうに。スタンドでビールを売らないという、何かこだわりの方針でもあるのだろうか。


正直この日の僕はミーハー丸出しでイニエスタポドルスキ目当てで観に行ったけれど、僕のような「初・ベルマーレな一見さん」は、この日のスタンドにはたくさんいたでしょう。
その人達の心を掴めば新たなファンを獲得できるかもしれないのに、あのスタジアム環境では、劇場としての居心地の良さも楽しさも、ほぼ感じられない。少なくとも僕は、このスタジアムにはもう来たくないなと思った。正直、あれは快適に観戦できる環境じゃない。


オーロラビジョンも見にくいし、屋根ゾーンも小さい。本当にあれでJ1基準満たしてるんかね、という率直な疑問が湧いてきたけれど、これ以上言うと湘南サポからめっちゃ怒られそうなので、もうやめとこう。
それにしても、あのイニエスタポドルスキが、お世辞にも良いスタジアムとはいえない陸上トラック付きのピッチでプレーしてるギャップはかなりせつないものでした。


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試合開始。せっかく生で観れるのならばテレビでは観られないモノを観たいので、ボールがない時のイニエスタをずっと注目してたんだけど、とにかくあの人、首振りの回数が半端ない。ボールの動きに合わせ少しづつポジショニングを変えながら、常に首を振って周囲の状況を的確に把握しようとしてる。ボールを扱う技術よりも、状況の認知や把握 … というか、この状況下にいる自分自身を常に分かっていて、どう身をこなしていけばいいかを感覚的に表現してる感じ。うまく説明できない語彙力が恨めしい。

 

当然相手の動きも見切れてるから、ファーストタッチで相手を止めて、ツータッチ目で逆を取っちゃう。当たり前だけど、ちょっと質が違いすぎる。

 

そしてイニエスタが一番観てたのは、主に味方の位置。中でも同じ左サイドでコンビを組む、左ワイド古橋の位置。イニエスタにボールが渡ろうとする時点で古橋は動き出す。その古橋を、イニエスタもしっかり観てるし分かってる。

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ジャストなタイミングで古橋にスルーパスが通るシーンはそう多くはなかったけれど、古橋の動き出しの質が今後磨かれていけば、イニエスタ-古橋ラインでのゴールがたくさん見られそうだ。

攻撃面ではもちろんのこと、守備時も、古橋に対して戻る位置とかポジショニングのことを、身振り手振りで何回も指示してた。

 

古橋享悟。7月までは、J2でも下位にいるFC岐阜でプレーしていた。7月21日に三ツ沢で行われた「横浜FCFC岐阜」の試合、自チームの選手達を連れて観に行き、岐阜は敗れたものの、古橋が魅せるプレーにうちの選手達は虜になっていた。

数週間前まで下部リーグにいた選手が、今ではJ1上位にいるチームに引き抜かれて、しかもレジェンドの域にいるイニエスタポドルスキとプレーしてる。

 

フットボールには夢がある。


イニエスタに鍛えられ、イニエスタに磨かれて、古橋享悟、いずれ大化けするのは間違いないと思う。

 

さて、ヴィッセルの先制点のシーン。最近の2試合でイニエスタが決めたゴールと同じく、ポドルスキからイニエスタにボールが渡るところから。この時点でベルマーレDFの目と姿勢は振り回されていて、しかもその行き先が超人イニエスタだから…ベルマーレの選手達は頭も体もフリーズ状態にさせられてる。

そしてここからイニエスタがCF長澤にクロス、その落としをMF三田が走り込んで決めたのだけど、イニエスタは、長澤と三田が「繋がった」(三田が反応し出した)タイミングを見計らって出してる。

 

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パスはただ出せばいいんじゃない。受ける味方がプレーを成功できるタイミングまで待って、そのタイミングを逃さずに渡し届けるのが、本当の良いパス。

 

早く出せよー、とかいつもつい口にしちゃう日本のコーチ達は、こういう「パスの肝」を、子ども達にもっとしっかりと教えられるようにならなきゃいけない。そのために、ボールを持てる技術が必要になってくるわけで。


この日のイニエスタで一番印象的だったのは、後半にベルマーレの時間帯が続き、決定機をつくられてあわや失点というピンチの後、イニエスタがさりげなく最終ラインまで下がってボールを受けたシーン。この位置まで下がったのは、この時だけだった。

CBの間に入ってボールを受けたイニエスタ、そこでゆったりとパスをつなぎ、ベルマーレのリズムをあっさりと断ち切ってしまった。何気なくさりげないパス交換だったけれど、あのシーンは本当に印象的だった。

 

イニエスタのことばかり書いたけれど、ルーカス・ポドルスキ、彼は本当にうまい。
子ども達や若い選手達の、良いお手本になる選手ですよね。


これから良いサイドバックを補強すれば、もっとイニエスタポドルスキが活きてくるはず。当然フロントはもう動いてるだろうけれど…次のインパクトは誰でしょか。
言い方には語弊があるかもしれないけれど、こういう「金にモノを言わす」クラブがあっても、僕は全然いいと思う。育成部門にも、相当メスを入れ始めてるらしいし(知人も、最近引き抜かれて神戸へ旅立ちました)

 

ヴィッセル、今度は練習も観に行きたい。

 

sportiva.shueisha.co.jp

 

スタジアムのことは酷評してしまったけれど、ベルマーレ曹貴裁監督の試合後の談話を読んで、感動した。こんな「指導者」のもとでプレーできて、ベルマーレの選手達はきっと幸せを感じているんじゃないだろうか。ぜひご一読を。

J1リーグ第23節 湘南vs神戸 試合後監督・選手コメント « 湘南ベルマーレ公式サイト

 

 

もっと文章を書こう

 

 

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常々思うのだけれど、サッカーコーチの人は、もっと積極的に発信した方がいいと思う。

今の時代、もう
「俺は俺。俺のやり方で好き勝手やっていく」
「言わなくても、話さなくてもわかってくれるだろう」は通用しない。


昔と違って、今は様々な媒体で自分のチャンネルを持てる時代。Blogでもnoteでもいいし、新たにコラムを開いたっていい。


「今日はこんなことがありました!キラキラ!」
といったような、単なる日記や報告をSNSに載せるだけとは違って、サッカーコーチであるからには「自身のスタンス」を明確にし、それを自分だけの言葉で発信するべきだ。
偽物は淘汰されていくこれからの時代、そのスキルは必須になってくると思うし、自分だけの言葉を持つ人が、必ず残っていく。


この「自分だけの言葉」を持たない人がとても多い。だから自身の経験則に基づいた指導しかできないし、何かの情報をそのまま持ってきて、それをそのまま表面上だけインプットして、そのまま使ったり。つまりそれは何も伝えていないのと同じこと。


インプットしたものを自分仕様にアップデートし、自分だけの言葉に置き換え、それを人に伝えられるようになること。
そのスキルを磨くためにも、文章を書くという習慣はとても役に立つ。


アウトプットこそ、実はインプットなんです。


書くためには「読む」ことも必要。読書も大事です。新聞を読むことも。
そこに書かれていることの裏側や真実を探ること。その想像力や妄想力が、自身の頭と心の中を豊かにしてくれる。語彙力も上がる。


指導者を名乗るなら「文章を読む習慣」や「文章を書く習慣」は、マストで持ったほうがいいです。


発信すれば、それに対しての賛否両論、何らかのリアクションがあるでしょう。そこでまた思考がブラッシュアップされるし、書く能力以上に、本意を伝える能力もまた磨かれる。


自分だけの言葉を持ち、それを伝えるスキルを上げる。そのことで、きっと指導力も上がる。薄っぺらい上辺だけで終わらず、深みが増すと思います。


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発信は、何もサッカーに限ったことだけでなくたっていい。冒頭に載せたのは、乃木坂好きが高じて書かずにはいられなかった「乃木坂コラム」だけど(笑)

こんな全くサッカーに関係ない趣味のことだって、積極的に発信したほうがいいんじゃないかな。どんな人物かを分かってもらうには、サッカーだけじゃ伝わらないし。

サッカー以外のことって、何も趣味だけではなく。

もっと大事なことは、特に社会全般のことについて、サッカー関係者はもっと積極的に意見やスタンスを明確にし、発信していくべきだと思うのです。


サッカーコーチだからサッカーしか能がない、取り柄がない、興味がない…
これでは社会人失格。子ども達や中高生に接する時間の多いサッカーコーチが、これでは困るわけです。保護者だって、そんな人物に子どもを預けたくないでしょう。


サッカーは社会のイメージリーダーになり得る。なるべき。僕は常々、そう思っています。
そのサッカー界の中で「指導者」をしていくのならば、社会の中での自身の立ち位置、在り方、スタンスを、皆さんもっと明確にしてもいいと思うのですが。


キャッチーな例としてですが
「安倍政権、支持しますか」
「沖縄の基地問題、どう思いますか」
「日本の戦争責任について、どう思いますか」
「シリア問題について、どう思いますか」
原発に賛成ですか?反対ですか?」
杉田水脈LGBT発言、どう思われますか」


と聞かれたとして
「ちょっと、僕は難しいことは分からないんで…」なんて返事をするコーチに、少なくとも僕なら、自分の子どもは絶対に預けたくない。例え自分と意見やスタンスの相違はあったとしても、自らの意見やスタンスをハッキリと語れる人ならば、僕は信用できる。
もちろん、そこに差別的思想や排他的思想、極右思想が見えたのならば、即、クラブを辞めさせるけどね。


日本や世界の歴史、今現在起きていること、社会の問題。
大人ならそれらについて関心を持ち、自身のスタンスを持ち、それを明確にするのは当たり前だと思うのだが、残念ながら、特に日本ではそうじゃない人が多いよね。現状維持を好み、大勢に準ずることを好み、波風を立てることを好まない。
でもね、せめて子どもに携わる立場にいる人ならば、それじゃダメだと思うんですよ。


海外では、俳優やアスリート達が、自身の政治的スタンスを平然と明確にするでしょう。
最近でも、ロバート・デニーロは「Fuck!Trump」と言い放ったし、ドイツ代表のエジルは、彼のルーツを理由にしたドイツでの差別的扱いについて、自身の言葉で告白・告発した。


なぜ日本では、こうならないんでしょうか。


僕はコーチである前に社会人でありたいし、社会人である以上に、ただの人でありたい。
だからこそ、必要ならば活動家にだってなるよ。
もし沖縄でこれ以上の理不尽な弾圧が続くようならば沖縄に飛んでいこうと思っているし、将来もし独立運動でも起きようものなら、沖縄に移住してでもその運動に参加したい。
もし安倍晋三憲法を改正し緊急事態要項を発動させようとするのならば、史上最低の総理大臣が表舞台から消え去るまで、潰れるまで、仲間と一緒に徹底的に抗ってやる。


人種や出生による差別、LGBTへの差別にはとことん反対する。
原発だって、全部廃炉にするべきだ。


多勢と少勢ならば少勢につくし、常に弱者の側にいたい。
もちろん一生、リベラルであり続ける。


… と、以上が僕のごく一部の一面であって、うわわ、こんな左巻きのやつに子どもを預けたくない!ともし思われるのであれば、残念だけどクラブを辞めて頂けばいいわけです。


こんなサッカーコーチ、面倒くさいですか?
実際に言われたことがあるけれど、本当に、サッカーコーチならばサッカーのことだけを考えてればいいのでしょうか。


僕は、絶対にそうは思いません。


サッカーは自由なスポーツ。だからこそ。
本当の自由の意味を伝えなきゃいけない「サッカー人」こそが、社会を担っていく、変えていくイメージリーダーになっていかなければならない。そのシンボル的存在になっていきたい。これは本気で思ってます。


だからそれぞれのスタンスはそれぞれ胸の中だけにしまっておくのではなく(スタンスがあるだけでもマシなんだけど)
皆が声に出し、表明すべきものだとも思ってます。


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ちょっと話が飛躍しすぎたのでサッカーだけの話に戻しますが


例えばその日の試合について、BlogやらSNSに「報告」を書くとして
スコアや試合経過、寸評や感想を書くだけではなく、なぜそうなったと思っているのか、その現象を生んだ理由、表には見えない、そこに隠された本当の理由や意図 … 
といったものを、自分の言葉で伝えられたら。


「あぁ、試合は負けたけど、コーチは実はこんな意図を持ってやってたのね」
とか
「こんな狙いや裏側があったのね、次はそういう視点で観てみようかしら…」
と、皆さん共通の悩みのタネである保護者の人達にも、良いメッセージとして伝わるかもしれません。


こんなことを考えている人が指導しているチームなのか、練習試合をお願いしたい!となるかもしれないし、この人に会ってみたい!となるかもしれない。


このクラブに子どもを入れたい!と思える理由を、ただの試合結果だけで判断するような保護者には来て欲しくないけれど、
こういう思いで指導しているのか、コーチはこんな「人」なのか…という理由で「子どもを預けたい」と思ってクラブの門を叩いてくれる人とは、きっと長い長いお付き合いをしていけるとも思うし。


実際にうちのクラブでは、僕が細々と続けているBlogを読んでくれた上で
「その理念に共感したので、子どもを入れたい」と言ってくれる方がとても多い。これは、とても有り難いことです。


また、Blogやコラムを読んで「今度会って下さい」「今度、練習を見学させて下さい」と、実際に会いに来て下さる指導者の方も多い。そのたびに恐縮するばかりだけど、本当に有り難い。


自身のスタンスを明確にしオープンにすることで、きっと去っていく人もいるでしょう。
でも、それ以上に「出会う人」のほうが圧倒的に多い。これは、僕の肌感覚では間違いないです。


指導者の皆さん、もっと文章を書いてみませんか?
報告でも日記でもない、自分だけのコラムを是非。

 

と、偉そうに書いてしまったので … 今後はこのコラムの更新頻度、もっと上げていきます!

(たぶん)

neutralfootball.hatenablog.com

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真のヒーロー

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先日、練習後の夜にコインランドリーでビブスの洗濯をした。

洗濯が終わるのを車の中で待つ。洗濯が終わり、さぁ帰ってW杯観ようと思ったら、全くエンジンがかからない。
バッテリー上がった…こんな夜遅くにマジかよと途方にくれて、仕方がないのでJAFを呼んだ。深夜23時過ぎのことだった。

ほどなくJAFが来てくれて、その場で車をチェックしてくれた。結果、バッテリーが上がったのではなく(むしろ正常)これは確実にオーバーヒートですねと。
その原因はエンジンオイルが不足していることと、冷却水もないことだと。
「ほら見て下さい、ここに緑色の斑点みたいなものがありますよね、これは冷却水が漏れた跡なんですよ。どこかで漏れてしまったのかもしれませんね」って。

冷却水を入れたり、その他、その場で出来る簡単な応急処置をササっとしてくれて、車は復活。エンジンも問題なくかかり、自走できる状態に。

具体的に今後どうすればいいか、何に気をつけながら運転すればいいか、もしまた同じような状態になったらすべきこと、そして修理に持って行くならあそこがいい…
と、深夜に車が急に動かなくなるという事態に慌てふためき心が乱れていた僕を、スーッとクールダウンさせ安心させてくれる説明を、とってもわかりやすくしてくれた。

うわべでもなくカッコつけでもなく、心の底から「こんな夜遅くに、ありがとうございました」というお礼を言わずにはいられなかった。

そんな恐縮する僕の声にも「いえいえ、とんでもないです」とだけ笑顔で返し、その方(推定48歳、佐藤二朗さん似)は颯爽と帰って行ったのだった。

ヒーローだ。素直にそう思った。

そういえば今の家に引っ越した2年半前、引っ越し屋さんの手際の良さと効率的な仕事ぶりにただただ感心させられた。それだけでなく、こちらの「大事なもの」を察してくれて、それはさらに丁寧にカバーして運んでくれたりした心遣いにも、感動したものだった。

引っ越し屋さんだけじゃなく、洗濯機を運んで来てささっとセッティングしてくれた街の電気屋さん、ケーブルテレビの接続をしに来てささっと帰って行ったケーブルの人、その他…
いろんな業種の人が、すべてこちらの指定した時間に来てくれて、ひと仕事して、ささっと帰って行く。
誰かの暮らしは誰かの仕事で出来ているし、街は皆の仕事で回っているんだなぁと、その時とても実感した思い出がある。

JAFの人も引っ越し屋さんもケーブルテレビの人も、皆ヒーロー。半端ない大迫もセネガル戦で同点ゴールを決めたケイスケ・ホンダも確かにヒーローだけど、本当のヒーローはもっと身近にいる。
困った時や必要な時に助けてくれて、すかさず駆けつけ、問題を解決し、偉ぶらずにさっと帰って行く。

こういう人達こそ、真のヒーローだ。

ヒーローは、言い換えればプロフェッショナル。プロフェッショナルな人達による「その人達からしてみれば当たり前のこと」で僕らは救われることが多いし、何より、市民の生活は回っているんだなぁ。

そう考えると、サッカーコーチってあまり必要ない仕事だよねと、自虐的に考えた夜なのでした。

 

 

 

部活問題を考える 〜 うちだっちょ、イノッチ

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画像は毎日新聞webより

 

昨今、問題になっている日大アメフト部の件。

あのタックルが監督やコーチからの直接指示によるものだったのかどうか、そこばかりにほぼ焦点が当てられているけれど、タックルをしてしまったあの選手が会見で勇気を持って話した、あの日に至るまでの数日間で行われた指導陣による彼への「追い込み」について、厳しく糾弾するメディア報道をあまり見かけないのは何故なんだろう。

練習から外され、代表に行くのを禁止され、初心者の1年生達の前で練習台となり、タックルを受けるダミーを持ったら、コーチから「何で持つんだ」と言われて1年生達の前でグランドを10周させられる。
丸坊主を強要され、挙げ句の果てには「関学のQBを潰してくるので試合に出して下さいと自分で監督に言え」と、あえて自分で言わせるように仕向ける用意周到さ。
さらに試合当日、最初はスタメンから外しておいて、改めて「自分で言え」と言わせる姑息ぶり。

もちろんこれはもう指導でも何でもなく、スポーツでもなく、部活の範疇をとうに超えている。パワハラどころかほぼイジメ、そして人権侵害レベルの横暴さだ。

ましてやあの内田監督という人は日本大学で常務理事を務め、大学No.2の位置にいる。さらには34あるという体育系部活の予算の取り計らいを仕切る、保健体育審議会のトップにいると。

そんな権力を持った人物が「監督」をやってるミスマッチ。だから誰も意見や文句も言えない。コーチは腰巾着となり、忖度を繰り返し、理不尽な指導や言動がまかり通り、選手はほぼ服従してしまう。

何もこれは日大だけじゃなく、全国の「部活」では結構ざらに見られる、悪しき仕組みですよ。高校でも中学でも。

その原因の大部分は、間違いなく「教員」という存在です。

もちろん、僕には仲良くしてもらっている教員の方々もたくさんいるし、尊敬している方もいる。権力を振りかざす指導なんて、絶対にしない人の方が多いです。

例えば広島の畑先生はボトムアップ指導の第一人者。決断を選手に委ねて自主性を育み、それと並行してしっかり競技力も上げている。
ボトムアップだけでなく、選手に強権を振るわずに、スポーツ本来の楽しさや喜びを感じさる指導をしている教員の方々も、もちろんたくさんいる。

でも、そういう先生に出会うのは「アタリ」なんですよ。ラッキー。
ましてや公立校ならば、アタリの先生に出会ったとしても、いや、あの先生がいるからあの学校に入りたいと思って入っても、あっさり異動していなくなってしまうという不運が起きる。

残念ながら、まだまだ「ハズレ」な先生の方が多い。昔ながらの指導しかできない、ご自分の経験値だけでそれを押し付ける、スポーツに教育を持ち込み、学校生活(成績など)との取引材料として部活を使う…とか。自分の授業力不足を棚に上げて、その尻拭いは部活でやるとか、それだけでスポーツを指導する資格はないと思うんだけどな。

選手は逆らえない。試合に出たいから。部活を続けたいから。学校に居続けたいから。

なぜそうなるかといえば、生徒の成績、推薦、進路といった「泣きどころ」を握ることが出来る「教員」が、部活の指導に直接当たっているからでしょう。

生徒は教員を選べない。もう無理、と思っても「移籍」ができない。この日本、一度入った学校を辞めるというのは相当にハードルが高い。
部活を辞めても学校には残る。現実、どうしようもないクズな教員はたくさんいる。そんなハズレ教員に当たってしまったら、部活をやめた後もずっと、そいつに睨み続けられる。

学校でスポーツをやるというシステム自体に、もう無理があるんです。限界にきてる。

学校でやるのは、授業の体育で充分。課外活動である部活は廃止。いや、廃止は言い過ぎか。部活には当然、良い部分もたくさんあるしな…

ということで、今後も部活制度を残すのならば、せめて教員は指導から外れるべき。

教員の皆さん、ごめんなさい。でも一割のダメ教員のせいで一割以上の選手が犠牲になっている現状が間違いなくあるのだから、部活の構造そのものを変えることを考える必要は、絶対にあると思います。

指導者は全て外部から招き、現場の指導は全て任せる。教員はディレクターみたいな立場となって、全体の統括、生徒のメンタルケアだけに徹する。もしくは地域のスポーツクラブに周辺の数校の選手が集まり、それぞれやりたい種目をやるとか。うーん、そうなるともはや部活ではないか。
でも、本来ならばそれが一番健全だと思うな。

外部コーチだって、ダメな人物はたくさんいます。でもそういうのは、すぐクビにすればいいんです。民間の宿命です。自業自得。

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そしてもう一つ。

監督、コーチ、先生、社長、総理!
とか
肩書きで人を呼ぶの、もういい加減やめませんか? ザ・日本人の悪しき習慣。

先生!とか監督!とかコーチ!とか総理!とか呼んじゃうから、勘違いが始まるんです。
社会に出たこともないような人物が学校でいきなり「先生」と呼ばれ子どもたちに何かを教えるとか、どう考えてもおかしい。そりゃ勘違いするでしょう。
政治家もそう。なんであんな人たちを先生、って呼ぶ必要があるんだ。何であんな世間知らずのクズを、総理総理と崇める呼ぶ必要があるんだ。全くない。

日大アメフト部で、内田監督のことを選手たちが「ウチダさん!」とか「マサトさーん」とか「うっちー!」とか呼び合える関係性だったら、今回のような問題は絶対に起きてない。絶対に。それは間違いない。

コーチのことだって「イノウエさん!」とか「イノさん!」「イノッチ」て呼べてたら、きっと変わってた。コーチ陣から監督へも「ウチダさん」「オヤジ」とか言える関係性だったら良かったのに。

指導者が上、選手は下
先生が上、生徒は下
選手や生徒は大人が操作・管理するもの

といった「上意下達」の風習が、そもそもスポーツにはそぐわない。

お上には逆らえない、お上に従っておけばオーケー、というDNA、いつの頃から染みついたんだろう。
卑弥呼さまー」から始まり「お殿さまー」「天皇さまー」と続き、最後はあの大日本帝国へと引き継がれ、悲劇の結末へと続いた反省は、DNAレベルでは覆せないものなのかもしれないけれど

でも、そういうのをスポーツや学校の現場で変えていくことは、きっとできると思うんですよね。

指導者と選手は上下ではなく、フラットな関係性であるべき。どっちが偉いとかいうものでもない。お互いにお互いを補完し合い、同じチームを形成する仲間、くらいの感覚になっていかないといけないと思う。

僕は選手達から「コーチ」とか「監督」と呼ばれるのが嫌なので、結構前から、うちのロボス(旧・スエルテ横浜)の選手たちは僕のことを「くぼっち」と呼ぶ。
くぼっちもそろそろ飽きたので、最近、低学年の子たちには「くぼたさん、と呼んで」とお願いした。

ひと昔前まで都立国際高校女子サッカー部のコーチをしていた頃は、それこそアイツらは色んな呼び方で僕のことを呼んでくれてました。
「くぼたさん」「くぼっち」は当然として
「ぼくた」(なぜひっくり返す)

「くぼってぃんぐ」(なぜ進行形…!)

「だいすけくん」(実は嬉しい)
「おっさん」(仕方ない…)
とか。

この高校では11年もコーチを続けたけれど、11年間、僕のことを「コーチ」と呼ぶ子はとうとう一人もいなかった。
自分としては、上から目線で接するともう誰も相手にしてくれなくなるので、特に後半期はもう完全に「下から目線」(俺命名)で彼女たちに接していた。
もちろんお互い最低限のリスペクトはあって、実に「いいかげん」(良い加減)の関係性で、一緒にサッカーをやれていたような気がしてる。

もちろん、綺麗ごとだけではない。ロボスも国際高も、僕のことを嫌って「無理」と思って辞めていった子だって間違いなくいる。その子達には、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

だから僕は今回の日大の件は決して他人事とは思えないし、全国の全ての指導者、そして教員の方々は、自分のことと捉えて考えるべき機会なのだと思う。
そんな自戒の意味も込めて、今回のコラムを書きました。

 

結論。
日大・内田監督は、選手たちに自分のことを「うちだっちょ」と呼ばせてれば良かったのだ。

 

生まれて初めて、サポーターになった

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自分は生まれてこのかた、どこかのクラブのサポーターになったことがない。

「久保田さん、好きなチームはどこですか?」とかよく聞かれるけれど、そのたびに「どこもないっす」と答えてその場をシラけさせてしまう。ましてやサッカーを仕事にしてしまってからはもう、ファン目線でサッカーの試合を観ることは、ほぼなくなってしまった。

あそこはいいサッカーしてるから勝ってほしいなとか、それ程度は思うこともあるけれど、どこかのクラブを贔屓にして熱狂的に応援したという経験が、国内海外問わず、今まで一度もなかった。

毎週末のリーグを楽しみにして一週間を過ごして、週末ごとに一喜一憂して。
羨ましい。俺もそんな人生送りたいなぁと思って無理やりどこかを好きになろうと思ってはみたものの、やはり作為的に好きになろうとしたって所詮それは無理な話で、好きになれるわけもない。

、、だった。つい2ヶ月前までは。

そんな自分が、今ようやく「このクラブ、好きだ」「観戦じゃなく、応援に行きたい」と、純粋に心の底から思えるクラブに出会えた。これは錯覚ではなく、たぶん本当にそう。
毎週末を楽しみにしている自分に、自分が一番驚いているのだから。

今回は、そんなお話。

話は約2ヶ月前、3月上旬に「なでしこリーグ」開幕前のトレーニングマッチとして行われた
ジェフ千葉レディース vs バニーズ京都SC」のゲームを、千葉県まで観戦に行った日から始まる。

ジェフ千葉レディースは、なでしこリーグ1部の強豪クラブ。
対してバニーズ京都は、チャレンジリーグから「なでしこリーグ2部」へと、今シーズン昇格したばかりのクラブ。

バニーズは友人でもある越智健一郎氏がGMを務め、なおかつ、親交のある千本哲也氏が監督。千本さんは昨シーズンの開幕前に東京まで会いに来てくれて、その時は、チームづくりの観点でいろんな話をした。ワンピースのこと、孔子のこと…

越智さんがGMで千本さんが監督。いろんな苦労話も聞いていたから、バニーズのことはずっと気になってはいました。

3年前には、こんな記事も書いてます。

選手の自主性を伸ばし、魅力的なサッカーで「京都から日本をひっくり返す」女子サッカークラブのはなし | FootballEDGE

もちろん気持ちで応援はしていたけれど、京都という遠い地でもあるし、毎試合観に行くとか、毎週末を楽しみにしてワクワクドキドキハラハラ…という「サポーター!」という程では、正直なかった。

そんな僕でしたが
この日の夜は越智さんを招いて渋谷で勉強会を行う予定。で、せっかくバニーズが遠征でこちらに来てるならと、越智さんのお迎えついでに、ジェフとのゲームを千葉まで観に行った、というわけです。

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開始1分、越智さんが監督をしている京都精華の卒業生、谷口木乃実選手が相手DFとの接触で足を負傷し、早くも交代。今シーズンからバニーズに移籍して来て、そのシーズン開幕直前での怪我。本人も相当ショックだっただろう。表情を見たら完全に落ちていて、彼女が高1の時から知ってるし応援していたので、本当に残念な負傷だった。

そして
この予期せぬアクシデントにより、交代でピッチに送り込まれたのが 小川くるみ という選手だった。

今シーズン、大卒でバニーズに加入したばかりという彼女。
恥ずかしながらこの日初めて彼女の存在を知ったのだけれど、ゲームが進むにつれ、彼女が放つ独特のたたずまい、そしてそのプレーぶりに、僕はだんだんと惹きつけられてしまった。

予期せぬタイミングでの出場ということで動揺もあっただろうし、急がずにショートパスを細かく繋いでいくというバニーズ独特のスタイルに自分を早く適合させなければ、という思いもきっと強くあったのだろう。そんな彼女のひたむきさと必死さ、時には葛藤が、とても伝わってきた。

クレバーな選手なんだろうなという印象を持ったけれど、プレースタイルだけでなく、彼女のひたむきな姿そのものが、とても魅力的に思えて。
また観たい、これから応援していきたいって思える選手に出会った、そんな気分だった。

 

そしてもう一人
この日のゲーム、僕らが観戦してる簡易スタンドの横でずっとビデオ撮影を担当していたのが、加戸由佳 選手。

彼女は岡山の湯郷ベルで活躍して、なでしこリーグで通算200試合に出場している一流選手。2013年には、日本代表にも選出されている。

【インタビュー】バニーズ京都SCへ新加入の元日本代表DF加戸由佳「本気でサッカーと向き合い、新しい自分に!」 | SOCCERLTURE

今シーズンからバニーズに移籍してきたものの、足を怪我してまだ復帰できていないということで、この日はベンチ外だった彼女が、撮影係を自ら買って出ていた。

横でそれを見ていたGMの越智さんが「いいの?」って聞いたら、
満面の笑顔で「これくらいしか出来ないですからー」と。

日本代表経験もあるベテラン選手の、この謙虚な姿にもうズッキュン。なんて素敵なパーソナリティーなんだろうと。なかなか出来ないですよね。早く復帰してほしいな。

小川くるみさん(No.7)そして加戸由佳さん(No.16)
思いがけず、この2人の大ファンになってしまった僕なのでした。

 

余談ですが
今シーズン、バニーズの選手達はアウェーの試合へ新幹線で移動する際、全員お揃いのシャツを着用するらしく。
静岡の新進気鋭ブランド「Chapeu(シャペウ)」作成のカッコいいシャツなのだけれど、そのシャツを全員分揃える費用をどう捻出するか思案したGM・越智氏は、選手一人一人の「シャツサプライヤー」を募るアイデアを思いついたと。

「あの選手が着るシャツの費用は自分が出した」
「自分はあの選手をサポートさせてもらってる」

となれば、間違いなくその選手の動向は気になりますよね。
「今日は試合出たかな」「ベンチ入りしてるかな」「怪我の治り具合はどうかな…」とか。
すなわちそれは、直結でファンを増やすことにも繋がるし。

もちろんこの日さっそく、僕は小川くるみ選手と加戸由佳選手、二人のシャツサプライヤーに名乗りを挙げました。
後日、二人からお礼の動画が送られてきた。嬉しい〜

 

翌日は、ヴェルディグランドにて日テレベレーザとのゲーム。
前日よりも「自分らしさを出そう」という思い(僕の勝手な想像だけど)を小川くるみ選手から感じて、なおさらファンになった。

 

バニーズのサッカーは、観ていて楽しい。

急がず、慌てず、短く緩いパスで相手を引きつけながらいなし、そこに個々の特性をうまく作用させながら局面を打開していく。自分がミスらないことじゃなく、味方を成功させることで成り立つ相互作用。そのためにもなおさら、個々の技術と味方同士が連なる意識と仕組みが必要な、実はとてもハイブリッドなフットボールだ。

「相手の速さを利用するんやで〜」

千本さんが盛んに出していたこのコーチングに、バニーズの「やりたいこと」がとても表れているような気がした。

もっと観たい。素直にそう思わせてくれる、ワクワクフットボール

 

10日後の3月21日、いよいよなでしこリーグが開幕。
バニーズはアウェーで「エルフェン狭山」とのゲーム。自クラブの試合が中止になったので、車を飛ばして川越まで観戦に。

雪が降り、グランドの状態もかなり悪い中でのゲーム。バニーズの特徴であるショートパスを披露するには難しい状況だったけれど、逆に、技術はこういう劣悪な環境下でこそ初めて試されるし、真価を発揮するもの。
一度染みついた技術と習慣は錆びつかない。バニーズの選手達のちょっとした持ち出し方や相手へのいなし方が、この悪条件下だからこそ、余計に際立っていた。

ベテランCB・山本選手のゴールで1-0勝利。試合終了の瞬間、僕の前で応援されていたある選手のお父さんは、号泣しながら喜んでいた。

まだまだ認知度の低いなでしこリーグ、しかも1部でもない、全国的にはまだまだ無名のクラブ。でも、たった一回の勝利で人を泣かせるチカラがある。
選手をサポートする、クラブをサポートするってこんな喜びがあるのかと、うまくは言えないけれど、しみじみ感じた光景だった。

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そして僕はこの日、ようやく「心から応援したい」と思えるクラブを見つけた気がして
つまり「サポーター」になれた気がして、そんな自分に驚いてもいた。

監督、GM、選手達、クラブを支える人達、クラブが持つ雰囲気…
それら全て含めて「好きだな」って思える。
たったひとつの勝利が掛け値無しに嬉しかったから、この気持ちはきっと、錯覚ではないのだろう。
「これからは《観戦》ではなく《応援》に行こう」と、生まれて初めて思った。

 

それからひと月以上が経ち、ゴールデンウィーク真っ只中の5月3日。
バニーズ京都が、東京にやってきた。

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武蔵野陸上競技場で行われたスフィーダ世田谷戦。当然応援しに行ったけれど、強風の中、スカウティングされやすい特徴を見事に突かれ、0-3で敗戦、、

その日の夜から、仕事を依頼されて京都へ。せっかく京都に行くならと、ゴールデンウィーク最終日(6日)に京都で行われるホームゲーム(vs ニッパツ横浜FCシーガルス)も応援してから帰ろうと思い、滞在を延長して応援に。

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ちなみにこの試合のハーフタイムでは、例の加戸由佳選手が抜群のMCぶりを見せてくれてました。人を惹きつける魅力が、これだけでも伝わってきますね。

 

 

楽しいハーフタイムとは一変。ゲームでは、やはり「バニーズの特徴を消す」相手のしたたかさにハマってしまった形となり… 0-2で、またも敗れてしまった。

この日の試合の様相が、分かりやすく記事になってました。今のバニーズの立ち位置的なものも、感じ取れると思います。

パスサッカーが陥る「不思議な試合」…バニーズ京都SCが表すのは、日本の未来?

 

過酷なリーグは容赦なく続く。その翌週、13日に行われたアウェーのオルカ鴨川戦。この日は仕事でどうしても応援に行けなかったのだけれど、スマホを片手にリアルタイムで状況をずっと追いながら、バニーズの試合を気にしていた。

しかし、失点の速報ばかりが更新されていく。終わってみれば、0-4で3連敗。バニーズにとって、5月の三連戦は非常に辛いものとなってしまった。

 

現時点で1勝1分け4敗、10チーム中9位。

バニーズが戦っているのは、もはや育成ではない《トップリーグ》の舞台。ただ内容さえ求めていけばいいというものではない。それは重々承知しているし、千本さんをはじめとするバニーズのスタッフ陣も、そんなことは言われるまでもなく分かりきっていると思う。

しかし

結果を求めると同時に
「このサッカーをまた観に来たい」
「こんな楽しいサッカー、他のチームはどこもやってないよ!」
と、ファンに思ってもらえる魅力的なサッカーを追求していくのも、結果と同じくらいに求められる重要なミッションでもあると思う。トップリーグだからこそ。

現に僕はその部分も含めて(かなり大きな要素)バニーズのサポーターになったのだから。

さらに
「やってて楽しい」
「このサッカーなら、私はまだ現役でサッカー続けていきたい」と
選手達が心の底からそう思えるようなサッカーを、監督の千本さんは追い続けているのだろうし。

 

千本さんが三年前に話していたこと
「理想を目指しながら、現実と向き合う」
そのハードルは三年前より遥かに高い。でもだからこそ、それをいなし、連なるチカラでパスを繋ぎ倒しながら、高い壁を乗り越えていってほしい。

ブレず、諦めず、貫くと決めたものは貫いて、最後まで「らしく」戦ってほしいです。

自分の力ではどうにもならないことを、自分のことのように思って心配するのも、サポーターならではの苦しみなのだろうか。
近いうちにきっと自分のことのように喜べる日が来ることを知っているから、きっとどこのクラブのサポーターたちも、同じようにクラブを信じ支え続けていけるんだろう。

 

微力ながら、応援してます。バニーズ京都SC、ガンバレ。

www.bunnys-kyoto.sc

所属より、参加

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先日、食事の席で指導者仲間から聞いた話なのですが
彼のクラブを辞めた子のお母さんに、その後会った時
「サッカー続けてますか?」と聞いたら
「続けてます!家の前で」とお母さんが答えたと。
どこかに所属してなくても「サッカー続けてる」って言えるお母さん、最高ですよね。
こんな風に言ってもらえるお母さんを持つその子も、幸せだろうな。

日本人はどうしても「所属」に基準を置きたがってしまいがち。
サッカーに限らず、他スポーツでも学校でも塾でもなんでも
「どこどこに入っている」
「どこどこに通っている」
どこに所属してるか。そこに価値を見出したがる。
そしてそれはだんだん帰属意識に発展し、さらにいけば依存となる。
そしていずれ、自分が依存している場所に適合しない他者を「変」と貶め、疎外していくようになる。意識的にも、無意識にでも。

移籍した子を「裏切り者」扱いしたりとか、ジュニア年代でも普通にあるからね。
それも、大人達がそれをこぞって言う。
「お前はうちの選手なんだから」と、大人側の所属概念を持ち出して子どもに帰属を強要し、遊びや家の用事、旅行などで試合や練習を休むことを許さなかったりとかもある。

以前、僕がフットボールエッジのコラムで「移籍なんか自由にさせればいいじゃないか」と意義を唱えたところ、それはもう、各地域からあらゆるバッシングを受けました。大炎上した。
「会社と同じ。自分の都合で辞めるなんて勝手だ」とか
「自分が辞めたらチームに迷惑をかけることを分からせないといけない」とか。
ジュニア年代に指導者として関わる大人が、こういうことを平気で言ってくる。言ってくるってことは思っているわけで、普段、自身のチームで子ども達にそう言ってるわけですよね。子どもにとったらもう、ほぼ地獄でしょこりゃ。

 

【少年サッカー移籍問題2】子どもが「移籍したい」と言うのは、そのチームに魅力がないということ【久保田コラム】 | FootballEDGE


「所属」「帰属」はもう古い。
それが悪い方向に向かえば「依存」になり、いずれは「強要」にもなる。
うちのクラブにも、うちだけでサッカーをしているわけではなく、地域の少年団などに「所属」している子が数名いますが
週末に試合があるとして、子どもはうちで出たいのに「もう一つのチームの監督からそれを許してもらえないから、仕方なくうちの試合は休みます」みたいなの、よくある。
そんなの子どもが決めればいいだけの話。反対に、うちじゃなくあっちで出たいと子どもが言うのならそうすればいいし、それに対しうちはそれを許さないとか、そんなことは絶対しないし言わない。そんなダサい人間ではないし、ダサいクラブでもない。

自分の行きたいところへ行く。それが週ごとに変わったっていい。
せめてジュニア年代では「所属」の概念を変えていかないと、サッカーに限らず、スポーツは文化として根付かないと思います。

自分に合う、いろんなチームでサッカーすればいいし
サッカーだけじゃなく、他のスポーツもやったほうがいい。
でも今のままでは「所属」がそれの邪魔をする。

所属よりも参加。これからは、絶対にコレです。

冒頭で紹介した、家の前でサッカーしている子
きっと義務感もストレスもなく、今は自分のペースで、家の前でボールを蹴り、触り、自分の頭の中でたくさん妄想をしながら、楽しくサッカーをしてるんだろう。
案外、こういう子が将来、規格外のとんでもない選手になるんです。

 

こんな記事もあります。タイムリーすぎるので、参考までに。

mirai.doda.jp